




相模川左岸幹線用水路21kmが潤す、湘南エリアの田んぼ
100年前の技術が、今も地域の米づくりを支える
予想外に涼しい9月を迎えています。
同時に、各地で豪雨による災害が多発しています。これからの秋本番、皆さんもいざという時の備えを忘れずに。
各地にある田んぼでは、稲穂が黄金色になり水も抜かれて、稲刈りの準備が行われています。
ところで、田んぼにあった水はどこに行ったの? そもそもその水は、どこから来たの?
「田んぼの水は、井戸水をポンプで汲み上げる場合も多くありますが、川から取水された用水路を通って引かれています」
農アンバサダーのLioさんが教えてくれました。
水は、少しの高低差があれば低い方に流れます。ひと区画の田んぼは、完全に平らでないと均等に水が張れません。また川から水を引く用水路は、ほんの少し勾配をつけて水を流し、広範囲の水田に水が行き渡るようにする必要があります。ちょっと考えると、これは大変なこと。
「相模原市の相模川から、海老名市、座間市、寒川町、藤沢市や茅ヶ崎市などの田んぼに水を供給する全長21kmもある用水路があります。それを見に行ってみましょう」
Lioさんに連れられて行ったのは、8月の下旬。相模川の中程にあって、水量を調整している「磯部頭首工」。ここにある水門から川の東側に農業用水を供給しているのが「相模川左岸幹線用水路」です。
用水路を管理する、神奈川県相模川左岸土地改良区の塩脇和弘さんが、案内してくださいました。

「昭和5年(1930年)にここで取水口を設ける事業が始まり、完成したのが昭和15年(1940年)。当時、食糧事情が悪く田畑も荒れていていました。人々が集まって相模川を利用して土地改良を行い、田んぼの区画整理をして、食糧増産を目指す計画を立てたんです」と塩脇さん。
1世紀近く前、太平洋戦争目前の時期でしたが、用水路の完成時には「待ち望んでいた水が来る」と、沿線各地でお祭りやお祝いが行われました。
「用水路ができる前は雨水や山からの水が頼り。水をめぐっての争いも多発していたようです。当時の田んぼは形も大きさもまちまち。田の水張りも思うようにできず、直播きしていたと聞いています。用水のおかげで田の区画整理も進み、田植えも定着、収穫量も上がったそうです。用水路はその後、地域の人たちに大切に扱われていたそうです」
「磯部頭首工」では、水を堰き止める固定堰と、水量を調整する洪水吐(転倒堰)、溜まった土砂を流す土砂吐、魚道からなり、台風や豪雨の時は24時間体制で水量を監視しているとのこと。ご苦労様です。

ここを起点に用水路が南へ伸びています。4月から9月中旬まで、毎秒6.85tの水が取水され、田んぼに供給されています。山はないものの地面は真っ平でらではありません。起伏を越え、600mの長さに対しマイナス1mの高低差をつけて、遠くまでずっと水路を引く。相当高度な技術では?
「当時、水路設置に必要な土地を全て買収して、正確な傾斜をつけまっすぐな水路を作っていったんです。トンネルを掘ったり、川の上を水道橋を渡して通したり。必要があれば川の下に潜らせたり」
え、どういうこと?
水路が川と交差する地点でそれを見せてもらいました。

相模川左岸幹線用水路には2カ所、川をくぐる場所があります。取水口から2kmほど行った場所(座間市)が最初の地点。手前には除塵機と呼ばれる、水路に流入した草やゴミを除去する大型の機械がありました。これを毎日管理して取り除くのも水路管理の仕事。ここから水路は太さ2mの管により17mの深さまで潜り、川の下を通って、その先にある水路に再びつながります。その仕組みは「逆サイフォン方式」といって、水の入り口と出口の高低差により水流ができるとのこと。慶應年間に作られた例もあるようです。日本人は古くから、お米を育てるための水をコントロールする技術を身につけて来たんですね。100年前の技が今でも活かされている用水路は、海外からの視察もあるようです。
「もともと土木とは、水路をはじめとした農地整備が目的。現在の土木技術も農業土木が基礎になっていて、その土台の上に積み上げられたものなんです。今はもう土木の時代じゃないといって、農業予算も削られ、管理する人が去り管理もままならなくなっています。でも地域のためには、過剰にお金をかける必要はないが、インフラを守るために土木技術は無くしちゃダメだと思うんです」

相模川左岸幹線用水路のある海老名市で生まれ育った塩脇さん。生まれた時から当たり前に、そこに水路がありました。
左岸用水の水利組合加盟組合員は約2200人、作付けする田の面積は平均1反と小規模多人数。家族の分だけ米作りをする農家、耕作をあきらめる農家もあれば、その田んぼを集めて大規模営農する人もいる。塩脇さんの地元ではそのバランスが取れて、荒れている田んぼはないが、稲作をやめる農家の割合は年々増えているそうです。
「米作りにはある程度の機械が必要なこともあり、新規就農者には向かないといいます。一方、大規模農業経営法人が稲作に切り替えたところ、従業員がみんな辞めちゃった。そのくらい米と他の野菜の栽培は、ジャンルが異なるといっていいくらい違います。
日本中が遊びに行っているゴールデンウィークには、「堀さらい」という、用水の泥をかき出す作業を一斉にやるんですけど、最近は組合のつながりが薄れてきて出てこない農家もある。水利施設の管理は地元の問題として、行政を含めた地域住民が文化として、価値観を共有して守っていくものだと思うのです。世の中的にはお米の値段が上がった下がったと、騒いでいますが、水路を通して日本の食が支えられていることを、一般の人にも知ってほしいですね」(塩脇さん)
近くの田んぼの水路、改めて見直してみても。
神奈川県相模川左岸土地改良区
http://sagamisagan.or.jp/
JAさがみHP
https://ja-sagami.or.jp/






